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某公立学校ことばの教室教員。言語聴覚士。特別支援教育士。  SINCE 2000.1.1 
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言語理解の高い子が「楽しい」の意味を知らないはずはない

「楽しい」の辞書的定義は理解しているはず。

「○○をまたやりたいと思った」
「やっているとき、もっとやりたい、続けたいと思った」
「何度でもやりたい」
「気持ちが軽くなった」

これらの具体的経験を束ねた感情が「楽しい」だよと。

知識と経験とを結びつけるのが苦手なのであって、知識がないのではない。


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「語い不足」で全てを片付けてはならない。

ことばが少ないと「語い不足」と判断してしまう。
でも実は語い不足ではなくて、場の状況に応じたことばが出ない、つまり、場の状況の読み取りが苦手なのかもしれない。
あるいは、ことばは知っているが、音声言語が思い出せないだけかもしれない。
「語い不足」で全てを片付けではならない。


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 構音障害について、適切なのはどれか。

構音障害について、適切なのはどれか。
 ①人との関係が育てば自然改善するので、練習は必要ない
 ②全ての構音は、練習しないと改善しない
 ③就学までに改善させなければならない
 ④自然改善するかは、音や子どもの特性によって異なる
 ⑤練習による改善時期を保護者に明示する責任がある。


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正しい知識の啓発を

未だに、吃音は親の愛情不足が原因だとか、
下の子が生まれて構わなくなったからとか、
どもりを意識させてしまったからとか、
神経質な子がなりやすいとか、
左利きを右手に矯正したからだとかを
「信仰」している向きがある。

また、吃音について本人と一切相談しないので、
子どもは「隠すべきもの」「人に相談してはいけないもの」
と感じ取ったまま入学してくる。

一般の方ならまだしも、支援の側が
こうした「都市伝説」を信仰し、推進し、
親を責めるネタにし続けている。

また、自閉症が見逃されていることがとても多い。
まだ小さいからとか、大人になったらみんなそれなりになるからだとか。

思春期以降に精神的な困難を来す場合も少なくないということは
既に明らかなのにもかかわらず。

レッテル貼りが大事なのではない。
必要な支援が必要な子に届くために、
関係者は正しい知識を得て、子どもを理解するセンスを磨く必要がある。

就学時健診のことばのパンフレット。
就学予定児童の家族だけではなく、
広く関係者にも配布することに。



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幼児療育の先生にお呼ばれして、吃音についての講義をさせて頂きました。

幼児療育の先生にお呼ばれして、吃音についての講義をさせて頂きました。
保育園の先生4名を加え、合計10名のご参加でした。
吃音についての従来の考え方と、現在の最新の考え方を紹介しました。
前半の菊池良和先生のビデオに感動している先生も何人もおられました。

幼児部門と小学校との連携はかつてないほど、深まっているように思います。
今後はケース会議もできたらなと。

研修は、ケース会議が王道ですが、基礎的な知識の講義も大事。
基礎知識が欠けた中では、どんなに深い議論がされても、
根本的な部分でズレが起こってしまいます。

集団的な判断の誤りですね。

未だに「吃音には触れてはいけない、そのうち治るから、
意識させるからどもるんだと・・・。」

「ビデオの見せすぎが自閉症の原因」
と同じで、トンデモ理論。

最新の知見にもっと学ぶ姿勢が大事ではないか。


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外部に相談を依頼する前に

外部に相談を依頼する前に、自分の学校でできることがある。
主訴についてもう少し詳しい行動観察を。
就学時知能検査や、幼稚園の引き継ぎ情報は?

外部に頼めば、専門的な知見が得られると思いがちだが、
支援につなぐもっとも重要なことは、情報収集能力。

校内の情報収集のスキルがまず重要。

教育相談の依頼を受けても、校内でまず情報収集する具体的方法を伝えるようにしている。
そうでなければ、過度に依存的になってしまうから。
学校の自己解決能力を奪ってしまうから。
外部にヘルプを求めることはもちろん重要だし、特別支援教育のテーマだが、
自己解決の力を萎えさせないようにしなければならない。

情報収集することで,解決の手立てを自ら思いつくことも多い。

こちから、安易に「回答」を示すべきでないとも思う。

検査器具の借用依頼もよくくる。
しかし、事前のアセスメントがあまりなされずに、検査が先行するきらいがある。
検査をする前に、情報収集によって、ある程度「あたりをつける」のが先である。
子ども理解の仮説と、指導方針まで、仮の考えが出てから貸し出すべきか。





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道言協 旭川大会 雑感

「直接的指導の前に、コミュニケーションの育ちを見るべき」との論調は、その通りだし、むしろ真逆な向きが多い中、貴重な光を放っているとは思います。

ただ、緊急に支援が必要なレベルに達しているかどうかの判断は、いつでもできるように、心の準備はしておいた方がいいのでは、とも思います。

緊急に直接的支援が必要かどうかは、子どもがどう感じているのかに敏感でなければならないでしょう。

そして、生育歴を詳しく尋ねるのは、母子関係に「原因」を求めるためではなくて、子どもがどんな気持ちで今までの人生を歩んできたか、世の中はこの子にとってどう見えているのかを想像するためだと思うのです。

「お母さんの関わりが薄かった「から」」の結論に行きやすい。
関係性も大事ですが、「そもそもそうなりやすさ」という個体モデルを無視してはいけないのではないかなと。

それと、子どもの気の済むまで乱暴な行動をやらせる、そのうち子どもが変わるから、というのもよく聞きますが。
場合によってはありでしょうが、場合によっては危険ではないのかなと。

それ自体を「モデル」として学習してしまう可能性もある。

それと、「自己肯定感」は、自分のできるところだけを見て、できないところを見ないようにすることでなはなくて、長所も短所も存在を認知して、それでも自分の全体を肯定するということなのかなと。
弱いところは、他の人が補ってくれる、お互いの弱いところはお互いにフォローしあえるという、実際的な経験を通じて、自己肯定感は育つのでは。
ただ、受け止めるだけでは、、、、どうなのでしょう。


特定のコマの話ではなく、大会全体を通しての雑感でした。


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「他にどんな指導方法がありますか? マンネリ化してきたので」

と問うのも、それに対して応えるのも、ケース会議ではない。

マンネリ化の原因は、ネタ不足ではない。
子どもの理解や、指導目標が曖昧なことが原因である。

何を使うかではなく、どんな目的で、どのように使うが重要。

子どもが来るから、時間をこなすために、とりあえず
ネタが欲しい、という意図が、質問のニュアンスから受け取れる。

通級指導の目的はなんですか?
ということ。

一方、ケース会議で指導方法を話し合うこと自体は悪くない。
ただ、そのアイデアは、その子の実態、目標に合っているかが問われる。
理解と目標との結晶が、指導方法のアイデア。
だから「あの子にも使っているから、この子にもどうぞ」
は、根拠がない。

サラダのように教材を並べるのは、もはやケース会議の主旨を逸脱している。
一方、指導の手立てを全く話し合わないのも極端。

両方が大事だし、両方を関連づけることが大事。





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構音の正確な評価は、いずれの場合も必要

「構音の前に、コミュニケーション」
確かにそうである。

ただし、だから、構音について、正確な評価、指導の手立てを
研修しなくて良い、とはならない。

構音指導以外のニーズが初めに大切だ、と判断するためには、
構音を正確に評価できなければならない。
正確に評価できなければ、予後の推定も不正確になるし、
優先順位の決定も間違える可能性がある。

いざ構音指導を始めるための準備も必要である。
また、いずれの直接的指導をイメージしておけば、
今この場での子ども理解にもフィードバックされる。

卒業してから、やっぱり構音指導もしてほしかった、
と言われても遅い。




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紋切り型の理解でなく、子どもを総合的に理解し支援につなげたい

読み書き困難というとすぐ認知特性はどうだとか考えてしまうが、認知特性が目立たないことも多い。
それより、学校が楽しいか、友達関係は豊かか、生活リズ ムはどうか、親子関係はどうか、総合して子どもにとって世の中はどう映っているかまで検討しないと、子ども理解に応じた支援にはつながらない。


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