忍者ブログ
某公立学校ことばの教室教員。言語聴覚士。特別支援教育士。  SINCE 2000.1.1 
ブログ内検索
カレンダー
05 2017/06 07
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30
最新コメント
[02/23 留萌小学校ことばの教室]
[05/10 プー子]
[01/11 にくきゅう]
[11/25 なっか]
[10/26 さつき]
[10/12 赤根 修]
[08/21 赤根 修]
[05/28 miki]
[05/28 miki]
[05/13 赤根 修]
[05/06 赤根 修]
[04/15 miki]
[04/15 赤根 修]
[03/12 かわ]
[03/09 赤根 修]
[03/03 KY@札幌]
[03/01 赤根 修]
[02/28 hakarino]
[02/23 kさん]
[02/23 miki]
[02/12 suge]
[01/15 suge]
[01/15 miki]
[12/21 赤根 修]
[12/17 ku]
バーコード
アクセス解析
[1]  [2]  [3]  [4]  [5]  [6

ケース会議にはスーパーバイズ(助言)してくれる人が必要

ケース会議をしても、結局、経験の長い先生がメンバーにいなくて、
わからないまま終わったというお話を聞きます。

今年のケース会議では、事例レポートを
予め経験の長い先生に希望すれば見てもらって、
助言を受けてから発表するという方式をとることが決まりました。

レポート完成が直前なので,見せる暇がないとか、
ベテランの意見を聞いて発表したら、
ケース会議が、そうですか、で終わるのでは
との意見もありました。

しかし、見せるときのレポートは中途のものでもよいでしょうし、
ベテランの助言は、「答え」というよりも
「こういう観点で掘り下げたらどうですか」という助言であるべきですから、
「そうですか」で終わると言うより、さらに観点に広がりのある
議論ができるわけです。


にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へ
↑ 特別支援教育ブログランキング。1クリックを




***


PR

地元の公的研修会でした

午前中は、遠くから講師をお呼びして、
「遊びを通して子ども理解」

お話の中で、「検査」は一度も出てきませんでした。
子どもの反応、体の動きから、子ども理解を
深めていくお話。
具体的なエピソードを聞かせて頂くと、
講師の子ども理解のセンスを感じるのでした。

ただ、午後の講座では、講師は検査法の実技も
担当してくださいました。
検査法を否定しているわけではなく、全く取り上げないわけでもない。
バランスがとれているのです。

午後のもう一コマは、私の構音障害について。
実際の子どもの構音検査の録音を聴いて頂き、
検査の疑似体験。

構音を正確に評価し、指導の手立てに活かすには、
担当者の「耳」がスキルアップすることが重要。

そして実際にやってみて、やり方の指導を受ける。
OJT.

精神論だけでは、構音の評価も指導もできません。

もう一コマは吃音。
何種類かのビデオが感動を呼びました。

新しい先生への研修は、精神論だけでなく、
具体的な実技も含めて展開されるべきでしょう。

バランスのとれた良い研修会でした。
感想文を見ると、大好評だったことがうかがわれました。

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へ
↑ 特別支援教育ブログランキング。1クリックを




***


「ためにする子ども理解」では意味が無い

子ども理解は、支援につなげるために必要なのであって、
それ自体が目的ではない。

子ども理解8割、指導2割、とはその通りである。
しかし、指導2割にも触れた研修でなければ、
参加者は理解しにくいだろう。

なぜなら、理解と指導とは、一体でもあるからである。

「もう少し丁寧に子どもを見ないと」
「子ども理解が薄いまま、指導に入っている」
と、某研修会でご指摘を頂いた。

しかし、この研修会での事例は、直接的な構音指導が
妥当であるとの判断を仮に行い、直接指導を開始した
という架空の設定だった。
本人、保護者も直接的な練習を希望し、
発音での困り感が増大、通級期間も短く、直ちに練習開始が必要。
その他の発達上の問題は、判断時点で見られなかった、という例である。

ところが、この事例の引用について、
子ども理解が足りない、という指摘がされたのである。

この研修会は、講習会であって、事例検討会ではない。
指摘は筋違いである。

子ども理解は大切だし、間接的な指導で育ちを見守ることも
大切なことであるが、それだけで全ての事例をカバーできると
考えるのは、やや傲慢である。

生育歴などをうかがうのは、興味本位のためではなく
事例発表を行うためでもなく、支援につなげるため、
なのである。

その目的を見失うと、「はい、理解しました。あとは中学校に任せます」
で終わるのである。

ところで、教室によっては、「うちでは直接的な指導は一切しない」
と宣言しているところもある。

たしかに「直接指導」に入る前に、もっとしなければ
ならないことがある事例もある。

しかし、直接指導をしなければならない事例もある。

いたずらに、直接指導を排除しようとする主義主張が見られる。
特別支援教育は、一人一人の教育的ニーズに応えるもののはずである。
特定分野の支援を予め排除しようとするのは、その理念に反している。


「側音化構音の舌の緊張は、緊張しやすい家庭環境が原因」
「人と関わる力が育ては、全ての構音は改善する」
というエセ科学。
そこから導き出される結論は、
「直接の構音指導の前に、リラックスした家庭環境を」

側音化構音など、直接指導が必要なケースを間接指導だけで進めれば、
6年間改善しないだろう。


科学が全てではないが、エセ科学を採用した時点で、
その主義主張は破綻している。

「問題の仮説」は、「要因(原因)を含む」というのが、
今の研究団体の研究主題の設定である。

しかし、一つ間違えると、全ての問題について、
結局は「母親のかかわりがうすかった」
「環境がよくなかった」
という単純な結論に導きやすい。

思い込みを排除するために、科学は存在する。

「科学か、心か」という二項対立の不毛な議論が見られる。
双方が補完しあうものであり、どちらかを選ぶものではない。

ことばの教室の考え方と、発達障害通級の考え方とが、
二項対立のように論じられる向きがあるが、
両者は補い合うもののはずである。


にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へ
↑ 特別支援教育ブログランキング。1クリックを




***


個別の教育支援計画は、

個別の教育支援計画で引き継ぐべき、最も重要な内容。
それは、「子どものヒストリー(歴史)」であって、「項目」ではない。

私は教育行政の個別の教育支援計画のひな形作りにかかわったことがある。
その時チームが確認したのは、
「様式は一例。子どもの実態や学校事情などに応じて柔軟に扱うべき」
「作ること自体が目的ではなく、関係者が一堂に会して子どものことを話し合う連携が目的」

しかし、そのポリシーは、教育の末端に行くほど硬直化する。

「この通りに作りなさい」


どんなに立派な様式を作っても、「中身」が伴わなければ意味が無い。
引き継がれても、使えない「個別の教育支援計画」を目にする。

そんな「項目」よりも、親子が歩んできた歴史、お母さんの涙のつぶやきの記録。
その方がずっと役に立つ。


にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へ
↑ 特別支援教育ブログランキング。1クリックを




***


新人研修会4月14日

この年度初めのお忙しいときに、
なんと22名の先生が集まって下さいます。
それだけ研修のニーズが高いと言うことですね。

指導が始まる前の時期に学びたいという声に応えるため、
一番忙しいときにあえて計画しました。

また当地域では、新しい先生への研修シラバスを策定するための
試みのひとつとして、今回の研修会を企画しました。

明確な研修目標を立て、知識と技術の基礎が身につくことです。

教師として現場で試行錯誤しながら覚えていくことももちろん大事です。
しかし、自己判断、経験だけでよいというなら、
およそ科学なんて必要ないはずです。
それなのに、科学を語るのは自己矛盾ですね。
先人の失敗体験、成功体験の蓄積に学ぶことによって、
目の前の子どもにより有益な指導、支援ができるはずです。

教師が働きやすいということも大切ですが、
通ってくる子どもにとって有益なのか、ということが
まず第一に大事なはずです。

あれだけ一生懸命教えて差し上げた先生。
通常学級に行ってしまいました。
これまでの骨身を削って研修を進めてきたのはなんだったのか、
という強い徒労感と絶望感に襲われます。

でも、22名の方の研修意欲には、真摯に応えたい。
そして、一方で、長く担当する先生も増えてきています。
そのことに希望を持ちたいと思います。





にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へ
↑ 特別支援教育ブログランキング。1クリックを




***


ことばの教室担当の打ち合わせ時間

年度初め、入学式、始業式、着任式、新学期の準備で、秒単位で忙しい学校現場。
自分の学級だけで準備すれば良いのではなく、教務部、保体部、生徒指導部などの
校務分掌の会議や、特別委員会(特別支援教育、図書館協議会、学力向上委員会等)の
諸会議も入ってくるでしょう。
入学式、始業式の準備では、受付から飾り付け、下校ルートの確認、式会場準備、
教科書、教材等の準備、机、椅子の数と大きさの調整、掃除、など。
配慮の必要な子については、始業式が始まる前に、学級担任、保護者、
コーディネーターと打ち合わせも入ります。

さて、ことばの教室担当の打ち合わせ時間はとれるのでしょうか?
私が歩いてきた学校でよくありがちだったのが、
入学式が終わるまで、一度も打ち合わせができなかった・・・。

確かに通級開始は後日なのだけれど、教室内打ち合わせは後回し、
というか、やろうとおもったら、教務部会が始まります、などで
全員がそろわず。

やっと全員がそろって担当者決めをする段階では、明日から指導。
子どもの情報の引き継ぎもままなりません。

今年は、ことばの教室担当の会議について、
向こう一週間分のコマをまず確保しました。

何があっても、こちらを優先してくださいと。

通常学級の先生も、学年団やTTなどと打ち合わせするでしょうと。

ことばの担当は、単に学校の付属品ではないですよ。

「担外」ということばも、尋ね返しています。
ことば担当も「担当者」ですよ。
「担外」というくくり方自体が、違いますよと。

通常学級担任が忙しいので、「担外」の先生が手伝うという
図式。
ある程度はわかりますが、ことばの教室担当の本務が
遂行できないほどの事態になっていることに、もう少し気づいて下さいと。

作品文化展の審査会議などの諸会議が、通級指導時間とぶつかります。
確かに通常学級担任の先生は出やすいかもしれませんが、通級担当は
でにくいのです。
校務分掌の係分担の段階から、そうした業務は外していただくようお願いします。

通級担当が「職制」として認められるよう、
年度初め、校務分掌の係決めの段階が肝心と思っています。




にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へ
↑ 特別支援教育ブログランキング。1クリックを




***


通級担当教員の「基礎定数化」法案通りました

通級担当教員の「基礎定数化」法案(衆議院から送付)は、
参議院で3月27日、出席議員240名全員の賛成で可決、
成立しました。
衆議院でも全会一致で通っています。
これにより、通級予定児童生徒が13名いれば、教員1名が自動的、
確実に配置されることになりました。
画期的です。


にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へ
↑ 特別支援教育ブログランキング。1クリックを




***


新しい先生へ ことばの教室の通級とは

「通級による指導」とは、通常学級に籍のある児童生徒が、週1~8時間、特別な場で指導を受け、それ以外の時間は通常学級で過ごすシステムです。
 平成5年度から正式にスタートしました。それまでは、「言語障害特殊学級」しか存在せず、週の限られた時間の通級というニーズとは合っていませんでした。
 平成8年度から、管内でも○○小学校を皮切りに、「特殊学級」から「通級指導教室」に移行していきました。
 通級指導を受けた時間は、通常学級で授業を受けた時間と見なすことができるので、遅刻、早退扱いにはなりません。(学校教育法施行規則第141条)。
 特別支援学級に籍のある児童生徒が通級することも、「特別の教育課程」を編成すれば認められますが、通級担当教員の配置のための時数にはカウントできません。つまりサービス扱いです。
 ことばの教室の通級対象は、「言語障害」つまり、構音障害、言語発達遅滞、吃音の3つです。 ただし、担当教員の専門性が確保されていて、指導方法が言語障害と似ているという条件などが満たされる場合には、LD,ADHD、自閉症、情緒障害、肢体不自由、弱視、難聴等も通級対象にすることができます。知的障害は対象になりません。(同上規則、文科省756号通知)
 また、通級は支援の全てではなく、通常学級での指導の工夫、放課後指導、TT、支援員などの活用など、他の選択肢の一つに過ぎません。「障害があるから、全て通級」ではありません。(文科省756号通知)
 通級担当教員の専門性が問われています。校内に相談相手がいないため、外とのつながりで研修を深めることが重要です。

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へ
↑ 特別支援教育ブログランキング。1クリックを




***


新しい先生へ~ようこそことばの教室へ

■新しい先生へ~ようこそことばの教室へ

 初めて「ことばの教室」(通級指導教室)を担当した先生は、何をどうやっていいのか、とまどっておられるかもしれません。
 まずは慌てずに、しばらくの期間は子どもと楽しく遊び、信頼関係を作ることを重視してはどうでしょう。
「治そう」と思うと、子どもに加重な負担をかけたりするものです。「この先生となら、付き合ってやってもいいや」と子どもに思われるぐらいがちょうど良いのです。肩の力を抜き、一人の人間として出会ってみては。
 遊びながらも、一方では、子どもがどんな条件でどんな反応を示すか。その子の好きな遊びは。発音の専門的な検査の前に、一人の人間として聞いてみてどうかなど、まず指導方法よりも、子ども理解を。
指導が終わった後は、何でも気づいたことを「指導記録」に。どんなに拙い記録でも、数ヶ月後、数年後に役立つことも。
 最良の「指導書」とは、どこか遠くにあるだけではなく、その子自身が「指導書」であること。子どもをよく観察し、学級担任、保護者からも情報を頂き、何が問題なのかを考えてみてください。「問題」とは、「誰のせいか」ということではなく、本人や周囲が何に困っているか、の事です。
 どうぞ経験の長い先生の指導を見に外へ出てみて下さい。仲間に相談してください。当会はあなたを全力で支えます!

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へ
↑ 特別支援教育ブログランキング。1クリックを




***


卒業

高校時代。
生きている意味がわからなかった。
とても苦しかった。
でも、人との出会いにより、救われた。

そして今、生きてきて良かった。
同じ苦しみを味わってきた
君と出会えたから。

奇跡的な出会いをありがとう。

最後の「問題」。
幸せな人生を歩んでください。
そして、同じ苦しみを味わっている人を
自分のことのように味わい、
救いの手をさしのべてください。
苦しかった君にしか、できないこと。

卒業おめでとう。

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へ
↑ 特別支援教育ブログランキング。1クリックを




***




忍者ブログ [PR]

graphics by アンの小箱 * designed by Anne

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へ
↑ 特別支援教育ブログランキング。1クリックを




***