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某公立学校ことばの教室教員。言語聴覚士。特別支援教育士。  SINCE 2000.1.1 
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【出版案内】 クイズで学ぶ ことばの教室基本の「キ」

学苑社から9月5日に発売。
初めてことばの教室を担当した先生にお役に立てば。

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構音練習シート

「クイー」から、「キ」を導きたいとき。
青いところは、内緒の声で「ク」。
白いところは、「イー」と伸ばす。
「クイー」「クイー」





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今日は事例検討会

今日は事例検討会。
今まで司会も助言も私がやっていた。
今回司会は持ち回りで実施。
事例検討は研修の王道。
いろいろな視点が出て、子ども理解が深まった。
ただ、話し合えば客観性の全てが担保されるのではない。
「集団で誤る」こともあるから。

科学的視点からの修正は大事。



NPOの食事、激安でうまい。


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語いが不足しているとか、カレンダーもわからないのというが

それ以前に、人との関係ができているか?

好きな人ができたら、いつ出会えると考えたら、
カレンダーなんてすぐ覚えるのでは?

日常生活の中で、カレンダーがその子にとって
本当に必要だという必然性がなければ、
ただ、月曜日の次が火曜日だと指導しても、
どれだけ意味があるのかな?

絵カードを見せて、この子、フライパンもわからないの、
という前に、フライパンが、この子の生活にとって
どれだけ必然性があるのか?

言語だけ見るのではなくて、もっと子どもの全体を見たい。

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「泣かないようにする方法」の前に、「なぜ泣いているのかの理解」ただし「方法」も大事

幼稚園、保育園の先生方の接し方を拝見していると、
特別支援教育の原点をいつも感じさせていただいています。
どうしてだろうと考えたら、その一つは
「なぜ」を個別に探求しようとされているからなのでは。

赤ちゃんが泣いているとき、
「おむつかな?」
「おっぱいかな?」
「姿勢かな?」
「騒音、光、温度などの問題かな?」
「どこか痛いのかな?」
といろいろ推測します。

そして、泣き方とか時間帯、場所、経緯など
様々なシチュエーションの中で、考えられる原因の
トップから対応してくわけです。

経験を重ねていくと、その推測のヒット率も
上がっていくでしょう。

そして、先輩のうまくいった対応からヒントを
得ることも。

「指導方法の前に、子ども理解を」
そして最近付け足しているのは
「先輩のマネをして指導してみて、振り返る」
も大切であること。

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うんこ構音練習文

ある学級に朝出向いたら、家庭学習の提出の半分が「うんこ漢字ドリル」だったという衝撃。
ことばの教室も負けていられない。
(すでに同じことを考えている先生、例文を提供してください! ここに載せます)


キャ行

ボールのかわりに うんこを うつ やきゅう。

うんこの あと、キャベツで ふいては いけない。
うんこに いきたいが、きゅうしょくが やめられない。
うんこが のった きょうかしょが おもしろい。
きゅうに うんこをした きょねんの おもいで。
みちで うんこする キャラではない。
いっせいに うんこ! きょくが ながれたら。
うんこ しながら キョロキョロ。
うんこを ひりょうに、 きゅうこんを うえた。
うんこに きょうみのある いぬ。
うんこを 9本も 出しちゃった。
「うんこ」と きゅうかんちょうが なく。
どうじに うんこする きょうだい。
うんこしたい、キャンプファイヤー中に。
きゅうりのような うんこ。

適用児童
・「まじめな」短文レベルの練習がクリアした子


非適用児童
・まじめな短文レベルの音読までクリアできていない子には適用しないでください。
おもしろくて笑ってしまうので、注意の配分、ワーキングメモリに負荷がかかります。
くれぐれも、単語レベルとか、無意味音節とかの段階の子には適用しないでください。
おもしろいからと言って適用すると、誤った音を逆に強化する恐れがあります。

・冗談が通じない子
・お下品なのが嫌な子


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ケース会議にはスーパーバイズ(助言)してくれる人が必要

ケース会議をしても、結局、経験の長い先生がメンバーにいなくて、
わからないまま終わったというお話を聞きます。

今年のケース会議では、事例レポートを
予め経験の長い先生に希望すれば見てもらって、
助言を受けてから発表するという方式をとることが決まりました。

レポート完成が直前なので,見せる暇がないとか、
ベテランの意見を聞いて発表したら、
ケース会議が、そうですか、で終わるのでは
との意見もありました。

しかし、見せるときのレポートは中途のものでもよいでしょうし、
ベテランの助言は、「答え」というよりも
「こういう観点で掘り下げたらどうですか」という助言であるべきですから、
「そうですか」で終わると言うより、さらに観点に広がりのある
議論ができるわけです。


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地元の公的研修会でした

午前中は、遠くから講師をお呼びして、
「遊びを通して子ども理解」

お話の中で、「検査」は一度も出てきませんでした。
子どもの反応、体の動きから、子ども理解を
深めていくお話。
具体的なエピソードを聞かせて頂くと、
講師の子ども理解のセンスを感じるのでした。

ただ、午後の講座では、講師は検査法の実技も
担当してくださいました。
検査法を否定しているわけではなく、全く取り上げないわけでもない。
バランスがとれているのです。

午後のもう一コマは、私の構音障害について。
実際の子どもの構音検査の録音を聴いて頂き、
検査の疑似体験。

構音を正確に評価し、指導の手立てに活かすには、
担当者の「耳」がスキルアップすることが重要。

そして実際にやってみて、やり方の指導を受ける。
OJT.

精神論だけでは、構音の評価も指導もできません。

もう一コマは吃音。
何種類かのビデオが感動を呼びました。

新しい先生への研修は、精神論だけでなく、
具体的な実技も含めて展開されるべきでしょう。

バランスのとれた良い研修会でした。
感想文を見ると、大好評だったことがうかがわれました。

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「ためにする子ども理解」では意味が無い

子ども理解は、支援につなげるために必要なのであって、
それ自体が目的ではない。

子ども理解8割、指導2割、とはその通りである。
しかし、指導2割にも触れた研修でなければ、
参加者は理解しにくいだろう。

なぜなら、理解と指導とは、一体でもあるからである。

「もう少し丁寧に子どもを見ないと」
「子ども理解が薄いまま、指導に入っている」
と、某研修会でご指摘を頂いた。

しかし、この研修会での事例は、直接的な構音指導が
妥当であるとの判断を仮に行い、直接指導を開始した
という架空の設定だった。
本人、保護者も直接的な練習を希望し、
発音での困り感が増大、通級期間も短く、直ちに練習開始が必要。
その他の発達上の問題は、判断時点で見られなかった、という例である。

ところが、この事例の引用について、
子ども理解が足りない、という指摘がされたのである。

この研修会は、講習会であって、事例検討会ではない。
指摘は筋違いである。

子ども理解は大切だし、間接的な指導で育ちを見守ることも
大切なことであるが、それだけで全ての事例をカバーできると
考えるのは、やや傲慢である。

生育歴などをうかがうのは、興味本位のためではなく
事例発表を行うためでもなく、支援につなげるため、
なのである。

その目的を見失うと、「はい、理解しました。あとは中学校に任せます」
で終わるのである。

ところで、教室によっては、「うちでは直接的な指導は一切しない」
と宣言しているところもある。

たしかに「直接指導」に入る前に、もっとしなければ
ならないことがある事例もある。

しかし、直接指導をしなければならない事例もある。

いたずらに、直接指導を排除しようとする主義主張が見られる。
特別支援教育は、一人一人の教育的ニーズに応えるもののはずである。
特定分野の支援を予め排除しようとするのは、その理念に反している。


「側音化構音の舌の緊張は、緊張しやすい家庭環境が原因」
「人と関わる力が育ては、全ての構音は改善する」
というエセ科学。
そこから導き出される結論は、
「直接の構音指導の前に、リラックスした家庭環境を」

側音化構音など、直接指導が必要なケースを間接指導だけで進めれば、
6年間改善しないだろう。


科学が全てではないが、エセ科学を採用した時点で、
その主義主張は破綻している。

「問題の仮説」は、「要因(原因)を含む」というのが、
今の研究団体の研究主題の設定である。

しかし、一つ間違えると、全ての問題について、
結局は「母親のかかわりがうすかった」
「環境がよくなかった」
という単純な結論に導きやすい。

思い込みを排除するために、科学は存在する。

「科学か、心か」という二項対立の不毛な議論が見られる。
双方が補完しあうものであり、どちらかを選ぶものではない。

ことばの教室の考え方と、発達障害通級の考え方とが、
二項対立のように論じられる向きがあるが、
両者は補い合うもののはずである。


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個別の教育支援計画は、

個別の教育支援計画で引き継ぐべき、最も重要な内容。
それは、「子どものヒストリー(歴史)」であって、「項目」ではない。

私は教育行政の個別の教育支援計画のひな形作りにかかわったことがある。
その時チームが確認したのは、
「様式は一例。子どもの実態や学校事情などに応じて柔軟に扱うべき」
「作ること自体が目的ではなく、関係者が一堂に会して子どものことを話し合う連携が目的」

しかし、そのポリシーは、教育の末端に行くほど硬直化する。

「この通りに作りなさい」


どんなに立派な様式を作っても、「中身」が伴わなければ意味が無い。
引き継がれても、使えない「個別の教育支援計画」を目にする。

そんな「項目」よりも、親子が歩んできた歴史、お母さんの涙のつぶやきの記録。
その方がずっと役に立つ。


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