ハンドルネーム ya
某公立学校通級指導教室担当教員
言語聴覚士
特別支援教育士(S.E.N.S)
性別 男
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私は親に甘えた記憶がほとんどありません。
私が生まれるまで、母はひどいつわりで食事も全くとれず、栄養点滴も受け付けなかったそうです。
生まれてみて、初めて双子だとわかったぐらい、2人は体重が少なかったのです。
私は2500g、もう一人の女の子は1500gで、女の子は誕生直後に亡くなりました。
私が生まれた時の産声は、とても弱々しかったそうです。
その後も、母は「だっこ」することの恐怖心から、ほとんどだっこできなかったそうです。
栄養不良と、生来のもの?が絡み合い、私の頸がすわったのがなんと12ヶ月。一語文は2歳半ぐらいだったそうです。
私の幼少期の写真を見たある方は、どの写真にも「笑顔がない」と言っていました。そう、いつも恐怖心と不安がありました。親は恐怖の存在でした。というか、人に対しての恐怖がありました。
幼い頃に甘えた経験を積んでおかないと、思春期以降、困ることになる場合があります。実際、私は精神的にとても苦労しました。思春期はみんなだれでも苦労しますが、そのレベルではありません。念のため。
「自立」というのは、どこかで誰かが守ってくれているという感覚、経験の積み上げがあるからこそできることです。
「甘えたい」が、ある程度年齢が上がってから起きることもあります。
または全く別の形に表れることもあります。
甘やかすこととは違います。
子どもが親に気持ちをわかってくれるという経験の積み上げによって、人の気持ちを理解できるようになるのでしょう。
気持ちを受けとめてもらえずに、気持ちを否定され、行動面の叱責ばかり受けて育った子は、大人になってからも、人の気持ちを理解できないでしょう。本当は感じていたとしても、否定してしまう。その行動の背景を理解しようとする姿勢ができていかない。だから、「良いか悪いか」という二元的な価値に埋没してしまう。
不適切な行動があるなら、なぜそうした行動をとったのか、その心情の理解によって、対応ががらりと変わることもあります。
今の仕事は、本当に天から与えられたものと思っています。
大切なことを教えてくれました。
自分を救ってくれました。
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