世の中も身の周りも、最近いろいろなことがありすぎて、
ブログを書く余裕と体力がありませんでした。
ご心配をおかけしましたが、やっと回復してきています。
今後ともよろしくお願いします。
さて、関わらせている多職種団体が設立10周年を迎えました。
記念誌を発行するということで、原稿を書きました。
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懇話会と私のこれまでと、これから
某公立学校ことばの教室 ya
2000年、私は前任校のことばの教室に勤務していました。
通級児童の保護者の中に、田中康雄先生(当時、十勝ADHD&LD懇話会代表)
のもとに通院し、また活動に積極的な保護者がいらっしゃいました。
懇話会設立準備会へつながったきっかけの一つでした。
自分自身の特性を知りたいという思いもありました。
毎月の準備会には、大学の先生や病院の先生、小中学校、幼稚園、
療育の先生、そして保護者など、二十数名の方が集まっていました。
用意された資料には、「LD」、「ADHD」、「感覚統合」、「脳生理学」の
研究などが載っていました。普段あまり目にしない、当時としては
最新の研究に触れることに新鮮さを感じたものでした。
日本LD学会に参加するようになっていたのも、
最新の研究を子どもたちに、という気持ちからでした。
先輩である十勝の懇話会にも出席し、参加規模の大きさと、
保護者、関係者のパワーに圧倒されたものでした。
今思うと、当時は、「LD,ADHD」の診断名を重視する傾向は
あったかもしれません。
しかし、「育て方が原因ではなく、生来の特性」という考え方は、
従来の学校教育の文化では、必ずしも理解されにくい部分でした。
育て方でなく、一人一人の違いなのだという「コペルニクス的転回」のためには、
診断名重視の傾向は、当時としては必要な過程だったのだと思います。
そして、2001年、懇話会が発足しました。
「もっと愛情を与えなさい。しつけもしなさい」と、周りに言われ続けました。
愛情もしつけもいっぱいしてきました。これ以上、
何をすればいいと言うのでしょうか?
『親の育て方が悪い』と斬り捨てていいんでしょうか?」
この保護者のことばが、活動の一つの原点なのだろうと思います。
そして誰かを責めたくなるその方自身も、実は悩んでいたということ。
支援者が当事者を支援するという図式ではなく、共に支え合うということ
なのだろうと、活動を通して気づかせていただきました。
「障害はお互い様」なのだと。
さて、特別支援教育の今後の課題として感じていることがあります。
1)担当教員の専門性を確保すること。
2)逆に、コチコチの専門性だけでなく、子どもの日常を含めた
トータルな理解と支援、つまりジェネラリストの視点を大切にすること。
3)「○○できる、できない」の視点だけでなく、本人の気持ちを大事にすること。
4)検査やアセスメントの趣旨と限界の「正確な」理解に向かうこと。
5)子どもや関係者、そして自分自身を長い目で見つめること。
6)「支援方法」は、本に載っているのでなく、子どもの深い理解の中にあること。
これまで関わらせて頂いたことに感謝の気持ちを述べ、
課題解決のため、これからも関わらせて頂ければと思います。
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