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某公立学校ことばの教室教員。言語聴覚士。特別支援教育士。 『クイズで学ぶことばの教室基本の「キ」』の著者。  SINCE 2000.1.1 
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「モデルとなる一時間の指導の流れ」

最近よく、こうしたフレーズを聞くのですが。

「一時間の中で、課題を3,4つ用意するか、いくつ用意するか」
「初めに挨拶し、終わりも挨拶するかしないか」
「何回ぐらい練習すればいいか」

など、「新しい先生のためのイメージのために」
とのこと。

なるほどと思う一方、違和感も覚えるのです。

そもそも、「モデルとなる指導の流れ」など存在するのか?
私が担当したお子さんの中には、
1時間の指導の中で、3つ、4つ教材を用意したこともあれば、
1時間、ひとつのことにじっくり取り組んだケース。
愚痴を聞いて終わりだったケース。
遊びの主導権を子どもにわたし、とことんつきあってきたケース。
飽きっぽい子には、次々と教材を替えて提示し、
ネタが尽きたら、お互いにどうしようか相談したケース。

構音指導を優先したケース。逆に別の困り感を優先したケース。
力を付けることに重点を置いたり、逆に心理的なサポートに
重点を置いたケース。

がっちり「指導」したケースもあれば、
遊んでいるようにしか見えないだろうなというケース。
(ちなみに、「自由遊び」と「遊戯療法」とは似て非なるもの。
その違いは一般の方にはわかりにくい)

などなど、進め方は一人一人みんな違ってきました。
それは、子どもの反応や周辺情報などを見ながら対応していくうちに、
自然に、「誘われるように」組み立てられてきたものです。

「モデル」として提示することで、「その通りにすればいいんだ」という、
形骸化した指導に陥ることを強く危惧します。

「どう組み立てればいいんだ」
に対して、安易な「答え」を提示することが、新しい先生への助けに
本当の意味でなるのか。

むしろ、子どもの反応はどうだったかを一緒に振り返り、
どうすればいいかを一緒に考える、自分で考えてみるように
もっていくことこそが大事なのでは?

ベテランの先生の指導を何ケースか見せてもらい、
なぜその子には、そのような指導の流れを組んだ(組むようになったか。
北海道弁では「組まさった」のか)の説明も受けて、初めて
指導の流れの背景にある意味を理解できるはずです。
つまり、目先の「時間配分」ではなく、なぜそうした流れになったのか
「理由」を学ぶことこそ、新しい先生への研修支援になるのではないでしょうか。

表面だけをなぞったコンビニ研修は、「本質」を見失う有害な取り組みですらあります。


このことはたとえば「指導記録」についても言えます。
立派なレイアウトが提案されても、その中身、子どもをどれだけ正確に
見立てられるか、の方がはるかに重要なのですが。
また、黙々とパソコンに向かうより、同僚と「今日は○○さんはこうだった」
と交流することがまず大事にされなければならないことです。

このことについては、また別の機会に。



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