忍者ブログ
某公立学校ことばの教室教員。公認心理師、言語聴覚士、特別支援教育士。 『クイズで学ぶことばの教室基本の「キ」』の著者。  SINCE 2000.1.1 
ブログ内検索
カレンダー
12 2025/01 02
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
最新コメント
[01/11 board]
[11/21 西村徹]
[02/23 留萌小学校ことばの教室]
[05/10 プー子]
[01/11 にくきゅう]
[11/25 なっか]
[10/26 さつき]
[10/12 赤根 修]
[08/21 赤根 修]
[05/28 miki]
[05/28 miki]
[05/13 赤根 修]
[05/06 赤根 修]
[04/15 miki]
[04/15 赤根 修]
[03/12 かわ]
[03/09 赤根 修]
[03/03 KY@札幌]
[03/01 赤根 修]
[02/28 hakarino]
[02/23 kさん]
[02/23 miki]
[02/12 suge]
[01/15 suge]
[01/15 miki]
バーコード
アクセス解析
[50]  [51]  [52]  [53]  [54]  [55]  [56]  [57]  [58]  [59]  [60

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

発達障害とことばの相談「ことば」を育てるために大人ができること

発達障害とことばの相談「ことば」を育てるために大人ができること

http://bp.shogakukan.co.jp/n-nakagawa/

言語聴覚士 中川 信子先生の連載記事です。

以前にも書きましたが、迷ったときに、
「ここに戻っていきたい」
という感じがします。

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へ

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へ
↑ 特別支援教育ブログランキング。1クリックを




***


PR

WISC-3 分析表


WISC―Ⅲ分析表
 (氏名                  ) 生活年齢(  :  )
レベル
分   析
レベル1
(全体的な知的能力)
(言語性IQと動作性IQの差)
1.FIQ
2.VIQ
3.PIQ
4.VIQ  PIQ
レベル2
(群指数間の差の特徴)
VC(言語理解)       PO(知覚統合)
FD(注意記憶)       PS(処理速度) 
 
VC  PO:(  )      VC FD:(  )
VC  PS:(  )      PO FD:(  )  
PO  PS:(  ):(  )  FD PS:(  )
レベル3
(下位検査項目の比較)
・言語性平均(  )
  知(  )・類(  )・算(  )・単(  )・理(  )・数(  )
 [  ] [  ]  [  ]  [  ]  [  ] [  ] 
 
・動作性平均(  )
  完(  )・符(  )・配(  )・積(  )・組(  )・記(  )
 [  ] [  ]  [  ]  [  ]  [  ] [  ] 
 
 
 
レベル4
(答え方の特徴)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
総合的解釈
 
 
 
 
 
 
 
 

 他機関からWISCのプロフィール分析表を見せて頂くことがありますが、
「答え方の特徴」についてまで情報として頂けない場合があります。

実は「答え方の特徴」はとても重要です。

たとえば、「記号探し」は、
評価点は10で「平均」だったとしても、
「間違いも多い」(見落としの間違い、似た形の記号の見誤りが多いなど)
「記号の特徴をことばで説明しながら解いていた」
などの情報により、解釈の質が全く違うことになる可能性があります。

ひらがなの書字の際、「す」の上の部分が突き出ないなど
細かい部分に誤りが多く、自分では気づきにくい子。

でも、たとえばWISCの記号探しは10をとっている。
記号的な線の形を見比べたり、探す力は悪くないのでは。

どうしてだろうと考えた場合に、
「記号の特徴をことばで説明しながら解いていた」
という情報が決め手になる場合も。

そういえば学級でも先生が、
「見せるだけではわからず、ことばの説明を添えてやるとわかった」
とおっしゃっていた。

ひらがなの書字の際、「すの上は突き抜ける」
と言いながら書字の練習をした結果、
著しく改善したということも。

アセスメントシートを見直すと、
黙読はできないが、一端声に出して読むと理解しやすいことも再確認。

記号探しも同様で、「声に出して記号の特徴を言う」(ことでわかりやすくなる)
という反応になって出てきているでのはないか、と推測。
逆に言うと、説明抜きで、だまって取り組むと、ここまでできただろうかとも
考える。他の解釈レベルとの関連や、行動観察からも、そのことを疑う。

数値だけでは、むしろわからないことが多い、
と普段感じています。

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へ
にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へ
↑ 特別支援教育ブログランキング。1クリックを




***


手先の不器用さ 4

今回は、手先というより、粗大運動ばかりの記事になりましたが、
粗大運動の基礎があってこそ、手先に向かうことができます。
舌運動の巧緻性だけでなく、
身体全体の感覚・運動面がどうなのかを評価することも大事です。

D1001775.jpg












某遊戯施設。
カメラのアングルに入りきらないほど広い施設です。


D1001772.jpg












かくれんぼしたり、さがしものゲームをしました。
自分で隠した物がどこにあるかわからなくなったりして。
視空間認知や空間的な短期記憶。


D1001786.jpg












ここはまた別の施設。
キャンプ場に併設されているところです。


D1001787.jpg












トンネルをくぐります。
床がでこぼこしているところが、難易度を高めています。
自分の背中がどのあたりにあるのかイメージが難しい子。
固有受容覚。
段ボールで作るキャタピラも同様にねらえますね。


D1001788.jpg












のぼりくだりの坂つきの平均台。


D1001784.jpg
















遊技施設のそばの運動場にありました。
池の中に落ちないように渡ります。



このボヨンボヨンは、丸い形なので
すべり落ちるという要素も加わって
かなりおもしろいです。


にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へ
にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へ
↑ 特別支援教育ブログランキング。1クリックを




***


診断名

現在、医学的な定義のLDや、ADHD等は
医者にしか「診断」ができません。

ところが、教育的なLD、教育的なADHD、
教育的な自閉症というのがあって、
それらは、医師でなくても「判断」ができる、となっています。
ただ、教育的なLD等の判断は、現在教員だけではできず、
専門家チームが判断することになっています。

したがって、通級担当教員が勝手にLD、ADHD等の
判断名をつけることはできません。

でも、医師でなくてもいいなら、一教員がやってもいいのでは、となります。

そもそも、医学的な、教育的な、という二本立てがあること自体が、
ねじれ現象である、と学会でも指摘されています。

ただ、そのねじれ現象は、現在においては止むをえないことだとも思えます。

教員が短い期間に、しかも、学力の水準や、標準化された各種検査、
生育歴情報、生活状況等のアセスメントを十分に行わないまま、
判断名を言ってしまう傾向が見られるからです。

「あの子、絶対LDだ」
という具合に。

また、診断名が全てではない、と言いながら、
実際には、十分なアセスメントでないままに診断名を使ってしまう
傾向も見られます。

医師も、教員も、アセスメントの各種観点が抜け落ちてはならないこと、
診断名(判断名)の意味や限界をしっかり理解し、
共通の土壌で、その子にどんな支援が必要かを考えられるように
なることが必要と感じます。

そのためにも、やはり「専門性」は譲れない点です。

ちなみに専門家チーム会議に出させて頂いている私は、
今まで一度も、LDか否かの判断をする場面を会議で見たことがありません。
どのケースでも。
そして、知能検査や生育歴情報、学校や家庭での情報など
様々な背景情報がしっかり出ているケースでは、
支援の手立ても構築しやすい、と感じています。

つまり診断名だけで判断してはいけない、というのは
アセスメントがしっかりできているかどうかが重要だと
言い換えることができると思います。

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へ
にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へ
↑ 特別支援教育ブログランキング。1クリックを




***


読み書き障害と音韻情報の操作に関わる実行機能

ことばの教室ではかつて「聴覚的記銘力」という用語をよく見かけましたが、
最近はほとんど見かけません。
昔の本にはよく見かけました。
しかし、
そもそも「聴覚的記銘力」とは何か、という定義があいまいだと指摘されています。
また、その意味が「音を覚えること」という単純な意味ならば、
それだけでは観点として十分ではないとも思うのです。

WISCの「数唱」の「順唱」は短期記憶、
「逆唱」はワーキングメモリと言われます。

音削除や音付加、順の入れ替えなどもワーキングメモリの
領域と言えるでしょう。

音についてだけ取り上げたとして、
文字の読み書きや構音障害は、
短期記憶の弱さだけでは説明できず、
むしろより広い?概念である「音韻分析能力」
「音韻意識」が重要なのではないか。

日本LD学会第17回大会発表論文集、p573には、
文字の読み書き両方に困難を有する子どもは、
単に短期記憶の弱さというよりは、実行機能の弱さを有している、
という主旨のレポートが載っていました。

一方、読みは問題ないが、書きだけに困難がある場合は、
音以外の別の弱さを基盤としているのではないかということ。

納得ですし、当然という感じです。

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へ
にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へ
↑ 特別支援教育ブログランキング。1クリックを




***


自主研修サークル 2

今日は、某教室にお邪魔して、数名の先生方とケース会議をしました。
前回と同じように、ケース会議だけで一日が経ちました。

子どもの状態像によって違う構音の見立て、指導方法から、
感覚統合、応用行動分析、心理的なアプローチ、
家族関係の力動など、
話しはあらゆる方向に及びました。

単に「会話時に構音が不明瞭」といっても、
子どもによって原因や背景が違うのでした。

また、プレイルームにあるおもちゃについて、
「ああ、あれはそういう意味だったのか」
という気付きを得た先生もいました。

応用行動分析は、単にほめるだけではないこと、
ご機嫌をとるためだけにほめるのではなく、
教育的な意図があること。

家族関係の力動では、
単に親はこうあるべきということでなく、
家族内外の関係性の中で当事者も悩んでいる、困っているのだということ。

低い能力をどうにかしたいということの前に
「安心感」がその子にとって第一であること。

などなど。

私自身も、知識が整理されてよかったです。

4名中なんと3名が今年新しく担当した先生の教室なのですが、
録音を聞かせていただくと、子どもとの会話がほんわかとした温かい
雰囲気にあふれていて、感動して帰ってきました。

美女に囲まれて研修できたことも、よかったでした。(^-^)

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へ

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へ
↑ 特別支援教育ブログランキング。1クリックを




***


不登校

いじめと、不登校についての講座を受講してきました。
メモを書きます。


不登校の原因を探しても、見つからないことの方が多い。
「だれも悪くない」

学校の先生も、親も、そして本人も、みんながんばっている。
ただ、がんばりがすれ違っているだけ。

悪い人など誰もいない。


不登校におけるストレスをダムにたとえた先生は、
「ダムに水(ストレス)がたまっているときに、
『がんばりなさい』は、あふれるダムに雨を降らせるようなもの。
まずはダムの水を減らすこと。
軽度の「学校強迫」(いつも学校のことが頭から離れない状態)
なら、休むことで改善する。


不登校の子どもは、いつも学校のことが頭から離れず、
忘れるためにゲームなどに没頭する。
夜寝るときには刺激がなくなり、自己の内部と対面することになり、
学校が忘れらず、眠れない。
だから昼夜逆転はおこる。
昼夜逆転するから不登校になるのではない。逆だ。


学ぶ意欲を失っている子に、学校の勉強をさせるのは、
ダムの水をためるようなもの。

学校の勉強も大切だが、勉強の全てではない。
生活全体で学ぶことがある。
学校の勉強をさせようとするあまり、
学ぶということの全体を萎縮させてはならない。


登校してきた子どもに、保健室に行くよう勧め、
校長室で給食を取り、無理して授業を受けなくて良いと言われ、
明日も来てくれるかと尋ねた。

一見子どものためにしているようで、
子どもの気持ちを全然聞いていない。

*********************

講師は、机の上で研究すると言うより、
日々現場に立ち会い、時間を問わず走り回っているとのことでした。

臨床家の話は説得力、リアリティーがありますね。

既知の内容も多かったのですが、実践家が語ると、
同じ内容でも印象が全然違います。

不登校もやはり、子どもの心情を内側から理解する、
子どもの生活文脈全体を感じ取る、
安心感、ということが大切だと思いました。

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へ
↑ 特別支援教育ブログランキング。1クリックを




***


自主研修サークル

自主研修サークルをやりましょうと声をかけたところ、
今日は数名集まってくださいました。
遠方からも手弁当で、もちろん旅費はありません。

もう一回、別の場所でも行うのですが、
今度は私がその教室に赴いて、ケース会議をします。

2つのサークルを合わせると、こちらの組織の3分の1の人数に達します。

一方的な講義だと、実はあまり浸透しないということを経験している私は、
ケース会議こそが、研修の王道だと感じています。

今日は、午前中ケース会議、午後から、午前中に話題になったことを
中心にお話させて頂く予定でしたが、
全日、ケース会議で時間がなくなりました。
結果としてそれでよかったのではと思っています。

そして、それぞれの先生が苦労してがんばっていらっしゃるんだなあと
改めて思いました。

その中で、感じたことを2つ。


専門性とともに大切なのは、当事者意識。
「自分だったらどうなのか」

指導に迷ったらここに戻ることだと思っています。

様々な指導プログラム、支援体制の前に、
その子は学校に行きたいと感じているのか。
学力向上、人付き合いの訓練の前に、
「今、ここ」の人生のクオリティーは。

教師である前に、一人の人間として、
地域の仲間として、その子に何を感じ、どう向き合うのか。
現象面だけでなく、その子の生活文脈全体から感じ取ること。




以下の過程を意識しながら取り組むことの大切さ。


情報の収集(様々な関係者から情報を頂く)

情報の整理(必要な情報、共通する情報、矛盾する情報などを整理)

問題の仮説(その子にとって何が問題なのか。「困り感」は)

指導仮説(どんな指導の手立てをとれば、どんな結果を期待できるか)

問題の仮説の見直し(困っていることに変化はないか。本当の問題は何か)

指導仮説の見直し(指導の手立てを見直す必要はあるか。どのように見直すか)


情報収集の段階では、
アセスメントの多視点化、正確さも大事だと思っています。
検査内容の妥当性、信頼性。
○○が弱い、と判断するなら、
何をどのように評価してそう判断したのか、
主観だけで判断していないか、
ということも大切。


そして、全国の通級指導教室で流行している
「ソーシャルスキルトレーニング」
これはもっと、一般に言われている以上に奥が深いもの。

その子に合ったソーシャルスキルトレーニングは、
どこかの本に書いているわけではない。

日常の困っていることの中にある。

ケース会議は、マニュアルからオリジナリティーへという意味でも、
有意義だと感じたのでした。

いずれにせよ、集まってくださった先生方の意欲と、
少しでも勉強して役に立ちたいという想いに、
頭がさがります。m(_ _)m

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へ

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へ
↑ 特別支援教育ブログランキング。1クリックを




***


「1時間の指導には、1時間の教材研究を」

既に退職された先輩から教えて頂いたことばです。

ある尊敬する先輩は、いつも本を読んだり、
教材作成に時間を費やしていました。

また保護者や学級担任の先生との面談の時間、
みんなでケース会議する時間も大切にされていました。

通常学級の補欠授業のお手伝いは丁重にお断りし、
周りから一部理解されにくいところもありましたが、
受け持ちの子どもたちも、保護者も、みるみる元気になる
姿を見てきました。

まずは自分の受け持ちの子の目の前の状態を
正確にアセスメントし、
専門性に基づく指導をめざさなければならない。

先輩方のアセスメント力は、確かに今考えると古い学説もあったものの、
かなり高度だったように思います。
今の時代の方が情報量は多いはずですが。

子どものちょっとした反応から、様々なことを感じていました。
そして何よりも、人間的な温かみを身体全体から醸し出していました。


「午前中は通常学級で授業し、午後から通級指導をしている」
「通級加配なのに、子どもはほとんどもたないで、
校内の仕事ばかりしている(させられている?)」
「みんなで支援なのだから、通級担当の人事は毎年替わっている」
「ずっとことばの教室がやれるわけじゃないんだ。
2年やったら通常学級に戻りなさい」
・・・・

確かに校内支援は大切です。
その学校の職員ですから。

しかし、目の前の子どもについてよく検討する時間もとれずに、
外の仕事もとなると、すべてが中途半端になるのではないでしょうか。
子どもが目の前に来てから、さあ何をしようか、
部屋にある教材を適当に、
ということでは、通わせる意味があるのか。
(自分も含めて、常に振り返りたいこと)

昨日まで皮膚科だった先生が、
今日から産婦人科をしてくださいと言われて、
自信を持って担当できるでしょうか?
サービス受益者側から見れば、
出産を任せられるのか、と感じます。

全国にこのような例が見られます。

通級担当一年目で、
構音指導のこの字もわからないという先生を
一日いっぱい使い回すという話しを聞くと、
仕事を休んでまで送迎してくださる保護者、
時間を割いて通級してくれる子ども達を
どう考えているのか、と思ってしまいます。

通級制が正式になるとき、国の諮問機関はこの問題を
きちんと指摘しています。
特定の先生が悪いのではありません。
システム上、運用上の問題です。
管理職を含め、このことをしっかり認識して頂きたいのです。

「通級学級に関する調査研究協力者会議」
http://www.ne.jp/asahi/tokyo/ld/ld_1992/060.html

「担当教員の職務の形態の特殊性にかんがみ、
担当教員について校務分掌などの面において
適切な配慮がなされることが望ましい」

通級制が発展してきたのは、その一つには、
そこに専門性を期待されるからです。
親の会とともに、何を大切にすべきか、
先輩方が積み上げてきたものがあるからこそです。

その歴史を無視して、あるいは訪ねずに、
数だけ増やそうとうするなら、
足下から崩れることになるでしょう。

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へ
にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へ
↑ 特別支援教育ブログランキング。1クリックを




***


会話が成立すれば、言語発達に問題はない?

ということはありません。

会話の内容が重要です。

スムーズな言語表現のようでいて、

1 実は助詞をほとんど使っていない。
2 内容が特定のことに偏っている
3 会話自体は成立するが、焦点がずれていく
4 会話が一方的
5 利き手への関心がない。あるいは利き手の気持ちが読み取れない。
6 具体的、経験的な内容はスムーズに会話できるが、
少しでも抽象的になると通じない。

などなど。

また、本に書いてある文章は、会話の内容よりも、登場する単語や文法が高度です。
教科書を見たらわかるように、日常の会話にはあまり出てこない
表現がけっこうあります。

会話の一般的な印象だけでは、言語発達の正確な評価にはなりません。

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へ
↑ 特別支援教育ブログランキング。1クリックを




***


衝動性のコントロール

以下の遊びが、日常での衝動性のコントロールに
般化するかどうかは課題ですが、
遊びを通して、「ちょっと待て」と行動を抑制する成功体験を
積み上げるのは、決して無駄ではないのでは。

すぐ思いつくのは、
「だるまさんがころんだ」
フェイントをかけられても、動きを止められるか。


他には、以前紹介した「3ヒントカルタ」で、
最後に残った一枚が赤なのに、
「青」とか「黄色」などと言って、
先生が取るふりをしたときに、釣られて取らないようにする、
という遊び方です。

3ヒントカルタ自体も、最後まで問題を聞く、という部分が
ねらいになりますが。


DSCF0405.JPG

















「文が正しいかを判断する」

元ネタは、岡山県言語聴覚士会のホームページ。
http://www.kawasaki-m.ac.jp/mw/commhw/okayamast/
アレンジして、子ども向けに。
箱から引いたカードを読み、文がまちがっていたら、
先生の頭を丸めた新聞紙でたたく。
先生は、うちわで守る。
文が正しい場合は反対。

たとえば、
「かみで、はさみをきる」
などの、文法の誤りや、
「のどがかわいたので、うがいをする」
などの、事実、経験と比較して誤りか判断する。

文法や語義理解は良好だが、短文の読みが
ぎこちなく、読みの練習に結びつけたい場合にも。


でも、文が正しいかどうかを判断するのと、
その結果、どちらがどちらをたたくのかを判断するのが
重なると、結構むずかしいですね。

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へ
↑ 特別支援教育ブログランキング。1クリックを




***


手先の不器用さ3 

私は字がとても下手です。
よく教師をやっているなあと思います。
指導記録は他人が読むには一苦労かもしれません。
でも実習生はちゃんと読んでくれるので、
全く読めないわけでもないようです。

字が下手でも、日常にそれほど重大な問題はありません。

だからというわけではないですが、こどもに対しても、
単に器用にする訓練ということではなくて、
練習を通じて生きやすさを獲得するのがねらいです。
だから、練習そのものも、いやいやではなく、
自分からやってみたい、というものでなければならない、
と思っています。

***********


手先の不器用さと言っても、様々な状態像、背景があります。

単に不器用なのか、視覚的に形をとらえる(視知覚)の問題か、
眼球運動や輻輳視(視機能)の問題か、注意の配分の問題か。
色々やってみるとわかってきます。



点つなぎ。
見えているが、鉛筆の持ち方が正しくない、
点から点にまっすぐつなげられない、
線が点から外れるなどの状態があれば不器用さを疑い、
斜め線や、重なった線になると「わからない」とお手上げならば、
視知覚の問題を疑います。
終点で線を止められず、線がオーバーしてしまうことが頻回なら、
注意の問題かもしれません。
問題の主旨を誤って解釈し、まったく見当外れなところに
線を引き始めるなら、指示の意味理解、言外の意味理解の
問題もあるかもしれません。
実際会話をしていていも、語用的な理解の困難から来る
会話のズレが見られたりすると、さらに疑います。

実際には、これらの複合的な場合も少なくないですが。





このような曲線、しかも交わるとお手上げ。
文字の読み書きができないということの背景にある場合も。



左は、2つの絵の違うところを見つける、
右も比較の絵ですが、ガムの包み紙のクイズを拡大コピーしました。
図形が苦手な子の中には、こうした有意味刺激での形の比較も
困難な場合があるのでは。




紙にカラー印刷した絵をパズルにしたもの。
構成、全体と部分の関係の知覚、思考の柔軟性の程度が
あるいは示唆されます。




先生が作った「カメロボ」と同じ形の物を作ろう。
構成する力、全体と細部を見る力、比較する力、
ブロックを組み立てる手先の運動。

本当は週1回の通級だけで、効果があるとは思えません。
家庭への連絡帳で、指導内容をお知らせし、
家庭でもできることがあれば、と書いておきます。
忙しい家庭が多いので、わざわざ取り上げるのは困難ですから、
宿題にはしません。


にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へ
にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へ
↑ 特別支援教育ブログランキング。1クリックを




***


手先の不器用さ2 

前回のこのタイトルは好評のようでしたので、第2弾。

構音にしても、文字の読み書きにしても、
感覚統合の観点でも、アセスメントと指導が大切だと感じています。

お口だけではなく、手先だけでもなく、
身体全体との関連で見る必要があるのだと思います。

粗大運動が育っていないのに、箸の持ち方だとか、
鉛筆の持ち方、靴ひもの縛り方を先に指導してしまうと、
アンバランスな発達を示してしまうわけで。

そして、感覚統合の指導には、以下のことが大切だと言われます。

・楽しいこと
・うまくできること
・自分からやりたくてやっていること
・自分から工夫したり挑戦したりすること

遊びの原則ですね。




カンポックリ。
主に固有受容系ですね。バランス感覚や、
運動企画も関係すると思うのですが。

用務員さんにお願いしたら、すぐに作ってくれました。
うちの用務員さんは、材料さえあれば作ってやるよ、
と言ってくれるやさしい方なのです。
カンカンは、給食室から出たゴミの再利用です。



これが大ヒットでした。
上手になってきたので、障害物を置いて避けて通るように。




机の天板にキャスターをつけて、簡易スクーター。
特別支援学級からお借りしました。




その上に立って、ひもで引っ張られながら、
サーフィンです。
これは、主に固有受容系と思います。




即席の触識別知覚の教材。
箱の中を見ないで、手触りの感覚だけで、
積木を見つけ、形を言い当てる。
形はわかるけど命名できない時は、どの枠に当てはまるのか
指差しで伝えてもらう。
簡単そうで、子どもによっては意外と「手応え」が。
触覚系ですね。
手先の不器用さをなげく前に、
触識別知覚のアセスメントを。




網を登ります。
公園です。
固有受容系ですか。





おまつりのトランポリン。
学校にも大きいトランポリンがあります。
私はトランポリンしながらキャッチボールしたりします。
子どもによって、ボールの大きさ、投げ方を変えたりして。



定番のブランコ。前庭系。
板書の字がノートに写せない子の中には、
首を振ったら位置関係が混乱するという前庭系に課題のある
お子さんは?


こうしてみると、感覚統合を育てる遊びは、
日常にあふれているのだと思います。
わざわざ週1回からの通級、
しかも狭くて、限られたことしかできない部屋に来て頂くのは
大変恐縮です。

しかし、構音を身体全体の協調運動と共に育てる必要があると見立てた場合、自然改善が見込まれる場合、
構音はもっと成長してからの方が良いと判断した場合などに、
何ができるか試行錯誤しています。

ただ、子どもにとって大部分の時間である、通級以外の時間を
どう過ごすか、コーディネートするかが鍵なのでしょうね。

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へ
 

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へ
↑ 特別支援教育ブログランキング。1クリックを




***


障害があるから、ただちに通級ではない

授業参観日に、ある学級の授業参観をさせて頂きました。

大部分の子どもは、問題なく過ごしていましたが、

多動で落ちつきのない子
姿勢保持が難しい子
不規則発言する子

実に様々なタイプがいるなあと、あらためて実感。

でも授業そのものは成立していました。

何よりも、先生の個別の配慮が見事でした。

無視と正の強化のタイミング、
一定時間ごとに肩に手をかける、
多動の子へのみんなの注目をうまくかわす。
許される行為と許されない行為のランキングと、
ランキングに合わせた指導、
叱る時も、感情的にならず、ゆっくりした口調で語りかけるように、などなど。

授業の内容、展開の仕方そのものも、実におもしろい。
見ていて飽きないのです。

そして先生は、子どものようすを実によくご覧になっている。
もちろん、何十人も相手なので、見逃すことはあっても、
あの子はこのときもこう発言した、ということをよく覚えておられて、
誉めことばに活かしていらっしゃる。

このクラスの子ども達は、授業の中でそれぞれ育ちを保障されている
という印象を強く受けました。

多動だから、ただちに通級ではない。
書けないから、ただちに通級ではない。
発音が誤っているから、ただちに通級ではない。

私は、通常学級での工夫だけでは足りない、
通級が必要な場合も少なくない、と普段思っていますが、
授業の工夫だけでもできることもある、
と反対側からも実感できたのでした。

もちろん、担任の先生の負担がどうなのかをいつも見ていく必要はあります。

文部科学省も同じことを言っているのですね。

「学習障害又は注意欠陥多動性障害の児童生徒については、通級による指導の対象とするまでもなく、通常の学級における教員の適切な配慮やティーム・ティーチングの活用、学習内容の習熟の程度に応じた指導の工夫等により、対応することが適切である者も多くみられることに十分留意すること。」
(文部科学省1178号通知。H18.3.31)


通常学級の授業から「取り出して」、通級するのであれば、
通級指導の質、専門性が問われます。

つまり、通常学級での授業を上回る意味が
その子にとってあるのでなければなりません。
様々な事情でそれが難しければ、
他の方法をとるべきでしょう。

形ではなく、本質、実質が大切であることを
授業参観から改めて学ばせて頂きました。

そして、組織や形はちゃんとしていないかもしれないけど、
職員室ではいつも子ども達のことが話題になっていて、
生徒指導上の困った子については、たくさんの事例があがる
うちの学校は、すばらしいなあと思うのです。

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へ
にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へ
↑ 特別支援教育ブログランキング。1クリックを




***


手先の不器用さ

知的な水準と、手先の器用さとは必ずしも一致しません。
だから、器用さだけを見て、全体発達を評価することはできません。

IQは高いけど、手先の運動だけが苦手、という子は多いですね。


今日も発達外来小児科の先生の話を聞いてきました。

あらためて確認したのは、
不器用さは、単に指を動かす力の問題だけでなく、
感覚の問題が大きいということ。

「ハサミの苦手な子に、ハサミの練習ばかりさせるのは、
無謀なやり方だ」
「まずは、箱の中のある物を手触りでわかって取り出す力を育てる」

つまり、触ったり握ったりして感じ取る力を育てること。
センサーですね。

書字がいつも面倒くさそうで、粗雑で苦手意識があって、
というお子さん。
単に勉強嫌いなだけかと思ったら、
拇指対立ではうまく指を合わせることができなかったり、
閉眼片足立ちができなかったり。
いずれも不器用さというおおざっぱなとらえだけでなく、
センサーの問題ととらえることができます。

「箸の持ち方の練習は、食事時にはしない。
食事の目標は、食事を楽しむこと。
箸の練習は、ままごと遊びなどの時にする」

全くその通りと思いました。

講師は感覚統合関連の学会の役員もされているようで、
詳しくご存知でした。


にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へ
↑ 特別支援教育ブログランキング。1クリックを




***


WISCやK-ABCは手相のようなもの?

WISCやK-ABCをとって、認知特性を把握しても、
実際にはその結果と矛盾する指導の方がうまくいく場合があります。

多くの子に通用する方法であっても、ある子には通用しない。

たくさんの引き出しを用意しておいて、色々試行錯誤してみて、
その子にぴったりな方法をマッチングさせる、というのが現場の実際の姿でしょう。
WISCやK-ABCは、その試行錯誤のヒット率を上げるための道具の一つにすぎない。
(だからと言って、必要ないというわけでなく、主旨をよく理解した上で、むしろ上手に活用しましょうということ)

そうした現場感覚にぴったり合った講義を先日受講しました。


「文字が書けない子への効果的な指導法を教えてください」
という質問を頂きますが、子どもの情報がないと答えようがないです。

目の前の子どもをよく観察する中に、
そして関係者へのインタビューの中に、
答えはちゃんとあるんですよね。


有名な手相占いの先生に見てもらったことがあります。

「なんで私のことよくわかるのだろう」
と感じて帰ってきましたが、
あとで考えると、先生の問いかけ、ワンストロークに対する
私の微妙な反応をよく見ていたのですね。
つまり手相だけを見ているようで、実は私の顔の表情をよく見ている。
そういえば、自分の顔の前に手をかざして見せるよう指示していました。

手相の線だけ見ているわけでない。

WISCやK-ABCも、グラフの線だけ見ていては、
子どものことはわからないのだと思います。

以上、WISC講習のネタの下書きでした。

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へ
にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へ
↑ 特別支援教育ブログランキング。1クリックを




***


「○○障害だから、この教材」じゃないんだけどなあ

某報道記事を見て。

まあ紹介して頂けるのはありがたいのですが、
どうしても、「これには、これ」というようなまとめ方に
ならざるを得ないですね。
限られた紙幅で、よりわかりやすい表現をするためには、
やむを得ないことなのでしょう。

本当はそういうことが言いたかったのではないですけどね。

でも記事が良い悪いというよりも、
そう書かないと一般の方にはわかりにくいということでしょう。


教材は、「その先生」と「その子」との関係性、
いわば「呼吸の具合」で
作られる、使用されるものです。

一生懸命作った教材であっても、
来室した子どもの表情を見た瞬間、
あるいは指導の過程で現れる、
子どものわずかの反応を見た瞬間、
それらを全部取りやめる、
あるいは大幅にアレンジする、
段階を調整すること、
より重要なニーズに近づくこと、
違う角度からアセスメントしてみること、
これらのことが大切だと思っています。

ある方法が良い、というものが、
他児にも使えるとは限らない。
まず、そのままでは使えないことの方が多い。

使えるとしても、使い方が違う。

その違いを知るために、詳細なアセスメントがあるわけです。

膨大なデータが必要なのは、
障害だけを切り取って見るのでなく、
子どもを丸ごと理解するためでしょう。
親子のドラマを自分のこととして、
内側から理解しようとするためでしょう。


テレビでバナナが良いと報道されれば、
バナナが何日も品切れ状態になる。

他国のことはよくわからないけど、
それが我が国の特性ならば、
その特性に合わせた戦略が必要なのだと改めて思いました。

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へ
にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へ
↑ 特別支援教育ブログランキング。1クリックを




***


「吹く」を育てる教材




今日の某お祭りで作ったおもちゃ。

鼻咽腔閉鎖機能の練習や、
舌と上唇で挟めば、サ行、シの摩擦音の形成に
つなげるなど、吹く教材として使えますね。

上の太いストローの中に、下の細いストローを差し込み、
吹くと、細いストローが飛びます。
軽いブローイングでけっこう飛びます。

1 まずおもりになる部分の絵に色を塗り、切り取ります。
2 細いストローの先から何センチかの部分から折り曲げ、
 別に用意した、短く切った太いストローを外側からタガのようにはめて固定します。
3 折り曲げたストローにおもりをセロテープで固定。
4 太いストローに差し込んで、できあがり。

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へ
にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へ
↑ 特別支援教育ブログランキング。1クリックを




***


本格的なバランスゲーム



某お祭りで見ました。

載せる物が重たく、
ゆったりと揺れる、本格的バランスゲーム。

100円ショップのもいいけれど、
これは桁違いのハラハラ感です。

ほしいなあ。

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へ
にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へ
↑ 特別支援教育ブログランキング。1クリックを




***


マジックカードあそび



ブログや某掲示板でお世話になっている先生に送ってくださいました。
 「選んだ絵は、この中にある?」と一枚ずつ聞いていき、
選んだ絵を当てるというゲーム。
どうしてわかるのだろうと思っていましたが、 2進法を使うのですね。
恥ずかしながら、初めて知りました。

視覚的な短期記憶や、
○+△+□などの計算練習にも使えそうですね。

送って頂いてありがとうございました!


にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へ

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へ
↑ 特別支援教育ブログランキング。1クリックを




***


視機能・視知覚とWISC

「積木模様」や「絵画完成」、「組み合わせ」などの動作性下位検査が
WISCの中にはあります。
その結果については、いろいろな解釈が可能なのでしょうが、
視機能、視知覚との関連で考える必要があるケースがあるのでしょう。

たとえば、人間の目は、右側の物を見るときと、
左側の物を見るときでは、脳も左右どちらかを担当します。
なぜ左右で違うつながりをするかというと、
立体として知覚するためです。
つまり、右側にあるペン先が徐々に左側に動くとき、
途中で脳の担当側が切り替わるのでしょう。
対象物を見失い、きょろきょろしていることがあります。

運動面に課題があって、調べると実際そうだった、
というお子さんに何人か出会ってきました。

ということは、
ノートに横線を引いた時、
ボールが左から右に動いていった時、
左手で右の物を取るとき、
そのたびに左右のチェンジに苦労する子どもがいるということでしょう。

動作性下位検査が低いとき、
輻輳、両眼視機能、ピント調整、眼球運動などの視機能、
形の恒常性をとらえる力などの視知覚など、
「視ること」も検討に加えるべきというところでしょうか。

フロスティッグ視知覚発達検査も組み合わせると良いという
ケースに出会うことがあります。

眼科では「なんでもない」と言われても、
視力は正常であっても、
視機能、視知覚に課題がある場合があります。

アメリカの大規模調査では、
目のトレーニングをした群と、しない群との間では、
文字の読みの能力に明らかに差が出たと言うことです。

色々な観点から子どもをトータルに観察するということ、
色々な仮説を立てる、ということが大事なのでしょう。

私は感覚統合は専門ではないので、
何か間違いがありましたらご指摘ください。

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へ


にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へ
↑ 特別支援教育ブログランキング。1クリックを




***


「しつけ」は、「叱ること」と同義ではない。

「しつけ」は「しつけ糸」

つまり、おおまかな方向性を示す、
というのが本来の意味です。

小学校時代、優等生と言われた子ども達が、
中学校に上がって、大荒れに荒れる学年になった
ということがありました。

小学校で力で押さえつけられても、
中学校で爆発したわけですね。

自分で考えてできるようにする、
というが教育なのでは。

急がば回れ。

即効性のあるやり方は、永続性はない。
ということだと思います。

子どもの育ちを長い目でみること。

親の会の大先輩の親御さんのお話を聞くと、
長い目で子どもを見ることがいかに大切かと思うのです。

20~30代の若者の死亡者のうち、3人に一人は
自殺という我が国の実態。

もっと自己肯定感を大切にしたいと思います。
それはまず教育ができることなのでは。


にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へ
↑ 特別支援教育ブログランキング。1クリックを




***


特別支援教育士 養成セミナー 「感覚・運動面の指導」

餅は餅屋です。

感覚統合についてのアセスメント方法を実技で教えて頂いたのが
たいへん参考になりました。
ペン先を目で追う「追視」については、検査の注意点が
勉強になりました。
そして検査項目の結果一つ一つだけを見るのではなくて、
全体を通じて、子どもの反応がどうだったということを
常に観察することが大切だと思いました。

それはことばの検査も同じですね。
単に構音や言語表現を見るだけではなくて、
手先の巧緻性や身体全体の協調運動、
遊び方、座り方など、あらゆる視点で観察します。

WISCも数値だけを見るのでなく、どんな様子だったかを
詳しく書く欄がありますね。
私は数値と同じかそれ以上に、行動観察が
大事だと思っています。

アセスメントというのは、どの分野でも、
子どもをトータルに見ることが大事なんだろう、
共通していることなのだろうと思いました。

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へ
↑ 特別支援教育ブログランキング。1クリックを




***


特別支援教育士 養成セミナー 資格更新ポイント

これまでの特別支援教育の成果を認めながらも、
現場や行政のあり方についての指摘も
きちんとなされていました。
現場主義の主張は共感できました。

巡回相談にしても、専門家チームにしても
連携協議会にしても、
さらに実効あるものしていかなければなりませんね。

一つ一つ、解決していきたいですね。

通級指導教室への関心と期待も高まっているのだなあと
思いました。

指摘があってそうだなあと思ったのは、
養成セミナーに、人間関係を作る、
心理を扱うという内容のカリキュラムがないですね。

以前はあったそうなのですが、担当できる先生が一人しかおらず
なくなってしまったとか。

ある心理の先生は、
「臨床心理のテキストは、発達障害の観点から全面的に書き直す必要がある」
とおっしゃったそうで。

確かに、発達障害には、心理的なアプローチだけでは対応できないし、
自閉症を育て方、心理的な部分で説明したり、取り組むのは危険と思うけど、
メンタルな面をもちあわせている子どもも多いし、
保護者と担任とをつなぎなおすという視点も必要ではないかと思います。
そうした視点で、心理の方面からの反論もかなり聞かれますね。

○○派とか、△△主義とかではなく、
少なくとも通級担当は、一方の主義主張に偏るのではなく、
いろいろな考え方を包摂してやっていくのが必要だと思います。
子どもは一人一人違うのですから。

資格更新の基本研修には、
心理的な内容を入れていきたいとのことでした。
興味深いです。

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へ
↑ 特別支援教育ブログランキング。1クリックを




***


地域に作られる網の目のようなネットワーク

小児の発達障害が専門の病院の先生の講演会に行ってきました。
この町では教育行政が特別支援教育に熱心だそうで、
月一回、1年シリーズの企画は、現場の先生、行政、
病院などの連携がとれて実現したようです。

2回目である今回は、ザッと見では150名ぐらいの参加者でした。
ちらちらと見回すと、知っている人が多いのです。

講演の内容は基本的で、特に珍しくはありませんでしたが、
終了後にいろいろな方が声をかけてくれました。
「最近、あの子どうですか?」
というような普段できない連携が、いとも簡単にできてしまいます。

こちらの地域には、似たような団体がたくさんあり、
網の目のようになっています。
それぞれのコアは、だいたい似たようなメンバーなのですが。

こうしたことが、フォーマルな時間にできるようになると
いいのになと思うのでした。
平日の夜中は、やはり体力を消耗しますし、犠牲も払います。

ただネットワークの存在は、支えになっていることも事実です。

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へ
↑ 特別支援教育ブログランキング。1クリックを




***




忍者ブログ [PR]

graphics by アンの小箱 * designed by Anne

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へ
↑ 特別支援教育ブログランキング。1クリックを




***