ハンドルネーム ya
某公立学校通級指導教室担当教員
言語聴覚士
特別支援教育士(S.E.N.S)
性別 男
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・LDのある児童についての相談ということで、お話を深くうかがっていくと、まず基本的な人と人との関係性が芽生え始めた段階のお子さん。「学習」云々の前に、もっと大事な指導があるのでは。でないと、バランスを欠いた育ちを示してしまうよと。
・LDは学校の先生だけでは判断できない。専門家の意見を聞くことになっている。
しかし、その専門家が圧倒的に少ない。指導できる先生も少ない。少なくとも私の周囲には、科学的エビデンスのもとに指導できる人はいない。
・知能検査の結果やアセスメント情報をたくさん見ていくと、そもそもLDとは何かという問題に突き当たる。「全般的な知能水準に遅れはないが」の「全般的な知能水準」とは何か?
田中ビネー?
でも田中ビネーのIQは、小さいお子さんの場合、そもそも正規分布ではない。
精神年齢/生活年齢×100
ではWISC?
でも、指標得点間に有意差があるときは、FSIQは慎重な解釈を・・・。
下位検査がばらついても慎重な解釈を・・・。
知的障害との境界は?
数値的はわかっているけど、機械的には決められない。
結局は一人一人について、教育的判断をしていくしかない。
でも判断した先に、支援体制がその学校に整えられるのか・・・。
・そもそも、LDに本気で対応するための週5~8時間確保できる教員配置がなされていない。おまけに行政からは、通級担当教員配置のための時数、教員確保にあたって、「教科の指導補充の時間は原則含めないこと」というお達しまである。つまり「自立活動」以外の指導は保障しない、と言っている。
理想は高いけど、バックボーンが整っていない。
ひとつだけ確認したいこと。
学習障害の通級指導は、成績を上げるために行うのではない!
『こころの科学 2013年9月号 成人期の発達障害』
http://www.nippyo.co.jp/magazine/6235.html
色々考えさせられました。
高校までは、ちょっと変わったところもあったが、それほど困ることなく無事卒業。
しかし就労してから、人の気持ちのオモテ、ウラが多くて混乱した事例。
逆に、小さいときは自閉症としての支援を受けてきたが、
40歳を過ぎて、コミュニケーションスキルが著しく向上した事例。
そこには、「診断」「判断」「検査」とは別に、「人」を長い期間で
見ていくことの重要性を感じました。
就労に関しては、仕事の能力そのものよりも、対人生活や日常生活スキルなどのソフト面でのトラブルで辞めていく人が多いと言うことも、改めて示されました。
「大人になったら自然に治りますよ」は違う。
逆に
「障害なのだから、一生変わらないですよ」も違う。
小学校教員として、その子の将来を見据えて、支援の優先順位を見定めることの必要性を改めて考えさせられました。
・数値だけを言えば、軽度知的障害は、IQ50-55から70くらいまでの範囲、または-2SD。
・軽度知的障害では就学まで気づかれないことも多い。より軽い場合は、就学中に気づかれることが多いが、卒業後は一般社会に溶け込むことが多い。深刻な事態に陥って初めて援助を必要とする。
・WISC-4で測定できるのは、IQ40。それ以下は的確に測定できない。
・DSM-4では、適応行動を構成する10種類の特定のスキル領域を明らかにしている。コミュニケーション、自己管理、家庭生活、社会的・対人的技能、地域社会資源の利用、自律性、発揮される学習能力、仕事、健康と安全、余暇。
通常学級でやってみて、だめなら特別支援学級、という話がありますが、逆の方がいい場合も多いかと。
つまり、初めにしっかり個別で力をつけてから、大海原へ。
いちがいに言えませんが。
出ているようです。検査名は、ここには書かないでおきます。
「メールの使用」が入っているなど、時代を反映していますね。
メールは現代の子であればほとんど使えてしまうと思いますが。
やはり年齢の高い通常発達のお子さんにかければ、「天井効果」が出てしまうようです。
でも、支援の必要なお子さんには参考となる検査なのでしょう。
入手方法を検討中です。
検査が全てではないですが、支援者が子どもを見る視点を持つということ自体にも意味があると考えます。
逆に、特定の検査を絶対視してしまうと、子どものトータルな姿を見落とす可能性も。
どんな検査でも、測れるのは、子どもの一側面に過ぎません。
また検査は、あくまでも支援につなげるために行うものです。
今度開催予定の公的研修講座のタイトルは
「『ことばの専門家』というだけでなく、『その子の専門家』に」
「ではなく」ではなく、「というだけでなく」です。
スペシャリストの視点と、ジェネラリストの視点、両方大事です。
どっちかの方が大切だという議論がありますが、両方大事なのでは。
今日は、ケース会議でした。
特別支援学校の理学療法士の先生にもご参加頂き、その話の内容に目から鱗でした。
専門性のある方のお話は、本当に知的好奇心を刺激されます。
排泄と腹筋、座位姿勢、力の入れ方、社会性、手指の発達、補助具の意味などなど。
知識が増えることで、子どもたちの困り感にフィットした支援につながるのは、とても素敵なことです。
こうした先生が普通学校にも入れるようになってほしいものです。
STとPTとのコラボで、今日のケース会議は深みと専門性の香り高い研修会になりました。
多職種で、一人の子のことをこんなに掘り下げて検討するわけです。
これが、ほかの子にも日常的にできるようになるといいですね。
時間的、人的制約は著しいですが。
ケースレポートも5年もやっていると、本当に質が上がっています。
アセスメントレベルが向上しています。
自主研修会に長く参加されている先生のレポートを見ると、本当に力がついている、と実感できます。
アセスメントがしっかりしていないと、指導の手立てもフィットしません。
ここを軽視していると、指導の手立ては、刹那的な思いつきの次元を克服できないのです。
「教材紹介」の次元。
子どもの実態がどうで、何をねらってその教材をどのように使うのか。
その議論が抜けた指導は、単なるお遊びに過ぎません。
明日はWISC-4実技研修会です。
今まででより、より解釈に力を入れます。
でも、学説的な話になるので、ちょっと難しいでしょう。
WISC-3の研修を別のところで受けた先生も参加します。
せっかくなので、3と4との比較も徹底的に説明します。
ブログ上にはあまり詳しく書けませんが、WISC-3の時から、「GAI」(一般能力指標)で検査プロフィールを分析する研究があって、4になり、ますます重要度が増したように感じました。
4つの「群指数」が、「指標得点」となり、「注意記憶」が「ワーキングメモリ」になって、「知覚統合」が「知覚推理」に変わったことも大きいでしょう。
つまり、「言語理解」「知覚推理」対「ワーキングメモリ」「処理速度」。
「GAI」とは・・・、と書きたいところですが、やめておきます。
お知りになりたい方は文献にあたってください。
「パズルのようなものをして、どうして『目からの方が入りやすい』と言えるのだろう」と、3の「知覚統合」の時は思っていましたが、「知覚推理」に変わり、下位検査も推理面を純粋に測ろうとするものに変わったので、納得しています。
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構音の指導研修DVD、もうすぐ締め切りです。