ハンドルネーム ya
某公立学校通級指導教室担当教員
言語聴覚士
特別支援教育士(S.E.N.S)
性別 男
■メールはこちら
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
個人で経営する場なら別として、教育公務員であるならば、法令や科学的根拠に基づいて説明できなければなりません。
そして通級担当は、専門性、科学的根拠に基づいて、通級妥当の判断、指導を行う義務があります。
主訴の現象面だけを見るのでなく、その背景になにがあるのかを探らなければなりません。
そもそも、主訴で言われている実態があるのかどうかも含めて検討する必要があります。
ある種の現象だけを見て、因果関係を単純に結論したり、「子どもが通いたいから」と言っている、という理由だけで措置判断するのであれば、科学的考察ではなく、個人的な感情的判断であって、客観性がありません。
説明責任を果たしているとは言えないのです。
そして、TTや支援員、個別の配慮など、通常学級での工夫などの選択肢の一つとして、通級による指導があるにすぎません。
障害があるから、通級ではないのです。
「審美性」を「言語障害」として判断するのは無理があります。
親の会の講演会&茶話会でした。
講演会では、かつてことばの教室に通級して、今は学校の先生をされている方をお呼びしました。
私も前座を務めましたが、まとまりがなく、盛り込みすぎを反省しました。
お呼びした先生のお話をまとめると、
・昔は週に1回40分の指導を受けるため、朝6時に出発。国鉄とバスを乗り継いで、帰宅したのは夕方だった。
・学校は一日欠席扱いで、旅費も負担だったことから、2つの習い事もやめてしまった。
・地域に唯一の教室であり、難聴など障害の重い子の通級が優先だったため、なかなか通えず、やっと通級できたのは、たまたま空きができた6年生の時だった。
現在は、全ての市町村ではないですが、おおむね教室が一つずつは設置され、交通条件もよくなってきました。
通級時間は授業を受けている時間と見なすことができますし、旅費も支給されます。
現在も通級したくてもできない子ども達が大勢いることは確かですが、諸先輩方の苦労があって今のインフラがあるのだと、改めて思いました。
そして本人として、言われたくなかったこと、励みになったことのお話は、説得力がありました。
その後の茶話会は、保護者だけでなく、学級担任の先生、他地域のことばの教室担当や、幼児療育支援の方なども含め、異職種の方々が集まる豪華な集まりになりました。
これは、ここ数年、2,3人しか集まらなかった茶話会とは、明らかに異なるものでした。
内容は、子育てや通級についての質問と、経験の長い保護者からの情報提供などが中心になりました。
・通級していることを他児にどのように説明したらよいか。掃除を抜けてくることを指摘されるのをどのように対応したらいいか
→「苦手なところがあるから」ではなく、「ことばの習い事に行っている」。ピアノだって、苦手だから通うのでなく、習うために通っている。どうどうと通っていることをオープンにした方がいい。掃除は、別の時間にゴミ捨てに行くなど、代わりの役割をお願いするなどして、他児の理解を得る。他児も育つ必要がある。低学年のうちに、通級の意味、理解をめざしたい。
・きょうだいとの関係
・構音と医療との関係
・通級の交通手段について。手帳がなくても利用できるサービスの紹介
・学校のサポート体制の取り組みと、通級指導教室設置への視野
などの話し合いになりました。
感想アンケートでは、今回の集まりが励みになった方や、本人の視点で子育てを考えたいとの書き込みがありました。
今回の集まりで、関係者同士がつながるきっかけともなりました。
この輪が広がることを願っています。
親の会でお話しすることになっています。
基本的なお話を聞きたいとのことでしたので、ことばの教室のシステムや障害種別の説明をします。
でも最後は、障害種別を超えて、全ての子に必要なことをまとめています。
エキスです。
知らず知らずのうちに、「標準に近づかせようとする」指導を私たちはしていないでしょうか?
極端な例、WISC等の検査の評価点を上げるために指導をしてはいないでしょうか?
各種検査は、能力の一部しか測っていません。
検査は、子ども理解のツールの一つではありますが、検査の成績を上げるために指導があるのではありません。
目先の視点ではなく、その子の自立のために必要なことを考えることでしょう。
本当は、保護者の先輩にそのあたりをお話して頂いた方がいいと思いますが、今回の講演は、従来の4倍から5倍の参加希望数のようです。
地域、時代のニーズに合った企画、内容をこれからも考えていきたいです。
他の行事の方が大事だと。
講義よりも、悩みを話し合うことが大事だと。
基礎講座の時間がなかなか拡張できませんでした。
しかし、今回60分の枠を頂いて、講義させて頂きました。
他の行事との選択研修にしたところ、基礎講座は会員の3分の2の方が選択しました。
やはり、基礎講座は、会員のニーズ第一位であることが、証明されたのです。
しかし、60分では全然足りませんでした。
時間の終わりを告げたとき、多くの参加者は残念がっておられました。
他の時間を削ってでも、もっともっと、基礎講座を充実させることが必要なのでは?
「検査をどうやったらいいかわからない」
「構音の聞き分けができない」
こうした会員の声に対して、「教材紹介」をすることが、会員のニーズに合っているのでしょうか?
教材の前に、子どもの状態をどう見立てるのか、必要な支援は何か、を学ぶことの方が先なのでは?
前例踏襲の呪縛から解放され、今のニーズに、私たちはもっと敏感にならなければ、と思うのです。
田中ビネー知能検査Ⅴ
→全般的な知能水準を測ります。その子の知的能力が、同年齢の他児と比べてどのくらいの差があるか「個人間差」を測ります。
産出されるIQは、13歳までは正規分布ではないため、WISC等のIQと比較するのは無意味です。
IQよりも、精神年齢、基底年齢が重要です。
WISCなどウェクスラー型知能検査でも全般的な知能は出せますが、指標得点間、下位検査間にばらつきがあれば、その値は慎重な解釈が必要です。
よって、指標得点間に有意差があるのに、FSIQが低いことを理由に、「知的障害」と教育的判断をするのは、根拠に乏しいです。
WISC-Ⅳ
→その子の中で、得意な分野、苦手な分野のバランス(個人内差)を見るには第一選択になります。
「言語理解」「知覚推理」「ワーキングメモリ」「処理速度」の4つの指標得点の差異が重要です。
最近は、GAI(一般能力指標)(言語理解、知覚推理)、とCPI(認知熟達度)(ワーキングメモリ、処理速度)との比較についての報告が出てきています。
また「臨床クラスター」(下位検査間に共通する能力)の研究も進んでいるようです。
これらについては、既に感じていたところを科学的に根拠づけられた、という印象が強いようには思いますが。
*子どもの実態や、検査の目的によって使い分けることが重要です。
*検査は、数値だけでなく、検査時の行動観察、日常の情報、生育歴情報と付け合わせて解釈されなければなりません。
『エッセンシャルズ WISC-Ⅳによる心理アセスメント』カウフマン他、日本文化科学社
では、行動観察の重要性が、これでもかというぐらいに強調されています。